田代まさしって誰?と20代の人なら思ってしまう人も多いのではないでしょうが、実は歌手としてコメディアンとしてとても活躍した時期がありました。
最近では覚醒剤使用により何度も逮捕されては裁判の繰り返しの生活になってしまいましたが、活躍していたころの田代まさしについてご紹介してみます。
お亡くなりになりました志村けんとのコントなども有名でしたが、どこでどう道を踏み外したのか覚醒剤に手を出してからは見る影もなくなってしまったように思います。
田代まさしの全盛期はどんな活躍をしていたのか?
暴力団の元総裁を叔父さんにもち若い時から喧嘩などで警察に拘留されるほどやんちゃな面のある田代まさしだが、音楽的な才能があったのか歌やダンスの練習に取り組んだ時代もありました。
1980年にはシャネルズを鈴木雅之や桑野信義とともに結成して「ランナウェイ」が110万枚の大ヒットとなり一躍有名人になりました。顔を黒塗りにしたグループで世間が注目した時期でしたが、田代を除くグループのメンバーがわいせつ行為で書類送検される事態となり謹慎期間を過ごしています。
その後、復活しますが世界的有名ブランドシャネルからグループ名が紛らわしいといわれてラッツ&スターとして再登場しました。
この時に流行った曲が「め組の人」でした。この曲はCMにもたくさん使われていたり他の歌手がカバーすることも多いので耳にする人は多いはず。
最近ではUQモバイルで鈴木雅之が替え歌で披露していましたので馴染みの人も多かったのではないでしょうか。
20代の若い人は田代まさしのいたラッツ&スターの曲だったなんてご存知ない人もいるのではと思いますが、とくにかく歌手として大活躍していた時代があったのは間違いありませんね。
田代まさしは歌手それともコメディアンだったのか?
田代まさしは1986年ごろから自ら発するギャグの面白さがうけてコメディアンとしてテレビに出ることも多くなりました。
レギュラー番組も多数持ち売れっ子タレントとして大活躍しています。
2000年には一度、盗撮で迷惑防止条例違反で書類送検されていますが、2001年には志村けんなどの働きかけでテレビに出演するようになりました。
「志村けんのバカ殿様」に出演するようになったのもこのころからだったのですが、この時期もコントなどの才能が花開いた時期です。
やばい。「再編集して」10本公開って書いてあったので、マーシー全カット大変だなっておもってたら、田代まさしさんとのコントだらけじゃないか!イザワオフィスすげえ!!
【公式】志村けんのだいじょうぶだぁ #1 https://t.co/s64MLMYxU8 pic.twitter.com/EwAh2CKzY8
— 田野幸伸 (@tanocchi) April 18, 2020
才能があるタレントなのでコメディアンとしては最高のパフォーマンスを発揮したといえますが、とにかくこの時期から警察のご厄介になることが増えてきました。
時々、復活するような活躍をするのですが、やはり覚醒剤を使用して捕まった後はなかなか更生できていません。
世の中の人を笑わせる才能は人一倍持ち合わせているものの、自分を律することができないので罪を犯しては警察に捕まることを繰り返しています。
亡くなった志村けんも田代まさしのコメディアンとしての才能に期待して復活のサポートなどをしたのでしょう。
まとめ
田代まさしの全盛期の活躍についてご紹介してきました。歌手それともコメディアンかについてはどちらにも才能を発揮して多くのテレビに出演していたことがわかるでしょう。
特に人を笑わすことができる才能はすごく、志村けんとのコントは印象深いものがあります。
最近は病気も発症してたいへんな生活を送っておられますが、まだまだ60歳代なので頑張ってほしいし、コメディアンとしての才能を人のために役立たせてほしいですね。
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